「鬼ごっこしよっか、キリト君」
「…………へ?」
陽光眩しい高秋の空の下、アスナは満面の笑みでそう提案する。一方の俺は、頭上に疑問符を並べることしか出来なかった……。
SAOのカウンセリングプログラムであるAIにして俺たちの娘、ユイと別れてから二日。アスナにはいつもの笑顔が戻っていた。時折《ユイの心》である涙滴型のネックレスを見つめているが、その瞳はひたすら慈愛を湛えている。
いつか現実世界に還ったら必ずまた会おうと決意して、俺たちは再び二人っきりのログハウス生活に戻った。ユイに会うためには、いずれ俺もアスナも攻略に戻らなければならない。俺はともかくアスナは今までの攻略ペースを維持していたといっても過言ではないし、いつまでも俺一人が彼女を独占していてはいけないのだろうと思う。
だけど、あともう少しだけ――。死と肉迫した世界から離れて愛する彼女と一緒にいたいと思うことは、罪なことなのだろうか……。
そんな思いを抱きつつも、俺は今日もアスナと遊んだ。まるでやるべき宿題から逃避して、残り少ない夏休みを満喫する小学生のように。
湖畔を探索したり、陽だまりのなか昼寝したりと、穏やかな時間はあっという間に過ぎていった。彼女といると本当に時が経つのが早い。陽はまだそこそこ高いが、そろそろ家に帰ろうと立ち上がった、その時。アスナが笑顔で首にしがみついてきた。俺はぐへっとくぐもった呻き声を上げる。アスナはそのまま俺のことを押し倒し……
「鬼ごっこしよっか、キリト君」
と仰った。そりゃ俺が数秒間黙りこんでしまっても無理はない。
「鬼ごっこ……?」
肩車の時といい、妙に子供っぽいことが好きだなぁ……。
そんな呑気な感想を胸にしまいつつ、俺は唐突な己の奥様をなだめるように背中を撫でた。
「鬼ごっこ……って、アスナ…………」
「いいじゃない! まだ今日は時間あるんだし」
「……ふたりきりで、やるの?」
「そう。ふたり鬼ごっこ」
それって鬼ごっこなのか……?とツッコみかかったけどやめておく。すでに爛々と輝いているはしばみ色の瞳は、鬼ごっこ開催決定を覆せないことを如実に教えてくれていた。
「――いいよ、やろう」
「やったあ!」
にやりと笑って見せる。急な提案に驚きはしたものの、鬼ごっことはなかなかに童心をくすぐられる響きだ。興味半分で俺は快く許諾した。
アスナが転がり落ちてごろんと横向きになる。ウィンドウを出してマップを指さしながらすり寄って、
「じゃあまずルールを決めましょう。範囲はこの湖の縁から約十メートル以内。森の中はあり、但しプレイヤーホームに入るのはなし。もちろん、フレンド追跡で場所特定するズルもだめ」
「制限時間は決めるか?」
「そうねぇ……じゃあ日没までにしましょう。その時点で鬼だった方の負けね!」
はきはきとした口調でルールを決めて行く。ふと思いついて、俺はあることを提案した。
「負けた方が勝った方の言うことを何でも一つ聞く、っていうのはどうだ?」
「――いいわ。受けて立ちましょう」
いささか挑戦的に言ってみせると、負けず嫌いな副団長様はそれを受け入れた。
制限範囲、時間……と勝者の報酬、ここまで決まれば十分だろう。アスナがマップを閉じる。俺は立ち上がり、アスナも俺の手を取って立ち上がった。
「そういや鬼ごっこっていろんな種類のがあったよな」
「……そうなの?」
「うん。高鬼とか氷鬼とか、さ。影踏みとかもあったなぁ。懐かしい」
「ふぅん……、全然知らなかったな。ねぇねぇ、どういう風に違うの?」
アスナが割と代表的だと思っていた遊びを知らないことに、俺は少々驚愕した。だが、あまりにも興味津々で聞いてくるので、己の疑問は置いといて説明してやることにする。
「へぇぇ、おもしろーい!」
「まあ、多少地域によっても異なるみたいなんだけどな……今日やるのは、スタンダードな鬼ごっこでいいんだろ?タッチで鬼が交替のやつ」
どっちが最初鬼になろうか……と思案していると、アスナがちょいちょいっと俺の裾を引っ張った。
「キリト君、今、わたしが鬼です」
「んん?」
アスナはいたずらっぽく微笑んでいる。意味が分からん、と思ったのもつかの間。突然桜色の唇を俺に押し付けてきた。
「!?」
キスなんて、この甘い新婚生活のなかで幾度も重ねてきている。だが、こう、不意打ちだったり、アスナからされたりすると、やっぱりドキドキするのに変わりはない。二度、三度と角度を変えて啄んでくるアスナを、俺は面映ゆい気持ちで見つめていた。
「んぅ…………」
アスナは名残惜しそうに唇を離す。至近距離にあるヘイゼルが俺の瞳を捉えた。
「最後のルールね」
ちょっと照れくさそうにしつつも、俺の頬を両手で包み込み、
「鬼は、タッチじゃなくて、キスで交替」
湖一つが吹き飛んだかと思うほどの爆弾を落とした。
実際には俺がぽかーんと阿保面で呆けていただけなのだが。
まずはキリト君が鬼だから、と耳元で告げられる。しかし、全く頭に入ってこない。アスナは少し恥ずかしそうに、そんなキリトを置いてぴゅーっと逃げていった。

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