生きる誓い - 2/3

 三月、下旬。
 アルブヘイムの夜空は、都会に住んでいたら絶対に拝めないほどの満天の星空だ。濃紺の天蓋に、きらきらといくつも輝く電子の辰星。
 24層パナレーゼの小島に、濃紫のロングヘアを揺らす、一人の少女の姿があった。
 「――ユウキ」
 黒衣の剣士の呼びかけに、闇妖精はゆっくりと振り向き、片頬を持ち上げて笑った。
 「ごめんねぇ、わざわざこんなとこまで呼び出しちゃって」
 「いや、それはいいんだけど」
 「京都旅行、すっごく楽しかったよ」
 「ああ、アスナからも聞いたよ。良かった。シウネーやジュンたちも連れていけてさ」
 「うん。――あのね」
 キリトはわずかな声色の変化を読み取り、ユウキの穏やかで堂々とした佇まいに向きなおった。
 「ボク、君に言い忘れてたことがあるんだ」
 「俺に?」
 「キリト、君は……」
 躊躇いを見せるユウキ。キリトは黙って先を促した。
 「――聞いたんでしょ。あのこと」
 「……ああ、知ってるよ」
 確証を得たユウキはいたずらっぽい笑みを浮かべる。キリトはガリガリ頭をかいた。
 「ふふっ、やっぱり」
 「悪かったな、隠すつもりはなかったんだけど……」
 「別にいいよ。だって、アスナには言ってないでしょ?」
 「もちろん」
 ユウキは大きな樹の外周をぐるりと歩き始めた。キリトもそれに倣い、黙ってついていく。半分くらい外周を回ったところで、ユウキは小石を蹴り上げる動作をして口をひらいた。
 「――キリト、ありがとう」
 「え?」
 「君はあの時はぐらかしたけど……、やっぱり、さ。ボクのこと、色々気を使ってくれてたんだよね?」
 あの時というのは、期末テスト前の出来事のことだろう。ユウキと会うために、俺との時間を減らし、大層負い目を感じてたアスナの顔が浮かぶ。
 「感謝してるんだ。最後に、アスナたちから素敵な思い出がもらえて。キリトにはちゃんと、お礼を言う機会がなかったから……」
 うつむいた瞳に暗い影が落とされたような気がして、キリトはなるべく明るくふるまった。
 「――気なんか使ってないよ。あれは俺の意志であり、アスナの意志さ」
 「うっ、強情だなぁ……」
 「それはユウキにだけは言われたくないな」
 二人は顔を見合わせて、少し笑った。仮想世界の風が、ひらひらと舞う花弁をさらっていく。
 「――ねえ、もしも、さ。ボクがいなくなったら。アスナに、伝えてほしいことが、あるんだけど」
 明るい口調で言われた重い言葉に、キリトは胸がつかえる。
 ユウキの姿を、月光が眩しく照らしていた。
 「…………自分で伝えろよ」
 なんとか絞りだした声は、自分でも驚くほどかすれていた。
 「ムリだよ!!」
 ユウキは叫んだ。声はアルブヘイムの満天の星空に吸い込まれ、消えていく。
 「そんなこと言ったら、ボク、きっとまた願っちゃう。神さま、もう少しだけ、ボクに時間をくださいって――。でも、それは許されない。許されないんだよ――……!」
 空を見上げながらまくしたてるユウキ。
 キリトにはわかっていた。あれは星空を眺めているんじゃない。こぼれそうになる涙を必死にせき止めているのだ。
 ユウキの頬を一筋の涙が流れた。キリトはその涙を、見なかったことにする。
 苦しそうに、しかし語気は明るくユウキは続けた。
 「それに、アスナの泣き顔は、見たくないんだ。ボク、出来るだけアスナに笑っていてほしいからさ……」
 いつもはお日様みたいなユウキの笑顔も、今は曇り、蔭っていた。キリトはその様子から悟る。
 ユウキはおそらく気がついているのだ。流れていく時が容赦なく、自分をさらっていってしまうことに。まるで、空高く舞い上がった花弁のように、もう二度と同じ場所に還ってこないことに。
 その覚悟を、彼女の涙を、無下にするわけにはいかないだろう。
 「――わかった。君の代わりに、伝える」
 「約束、だよ」
 「――ああ。約束だ」

 二人は契りを交わした。必ずこの言葉を届けると。
 互いの剣を交差させる。
 じゃりいぃぃん!
 黒と紫の剣が小気味よい音を立てた。
 それは剣士と剣士の、誓い立て。

 ユウキが亡くなる、三日前のことだった――。

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