コードの検証

プログレキリアスが倫理コードを発見してうっかり一線超える話。

 

 目を覚ますと、隣で全裸のアスナがすやすやと眠っていた。

「…………」

 思考力デバフのかかった状態で暫しフリーズ。これは一体どういう状況なのだろう……。
 見渡すと、どうやら俺たちは一糸纏わぬ状態で同じベッドで眠っているらしかった。窓から細く伸びる朝日がアスナの髪をきらきらと照らし、外から鳥のチュンチュン的な声が聞こえてくる。

 ようやくクリアになってきた頭が、昨晩の記憶を甦らせた。

 暫定パートナーであるはずの俺とアスナは、うっかり一線を超えてしまったのだ。

 その事実を認識した途端、全身から仮想の汗が噴き出す。アスナのことが特別だと感じるたび、この気持ちはそういうのじゃないからと自分をごまかしてきたのに、まさか性欲のほうが先に追い越してしまうとは。自分のあんまりな男子中学生っぷりに思わず死にたくなる。
 いや、よくよく思い返してみると、昨日のアレは「検証」のはずだった。それなのにどうしてこんなことになってしまったのか。

 発端は、アスナが妙なコード設定を見つけてきたことだった。

「――倫理コード?」
「そう、……やっぱり知らない?」

 ウィンドウをパーティーメンバー可視化にして見たそれは、階層の奥深くにひっそりとあるチェックボックスで、ベータ時代に見たことがない代物だった。
 ベータからアップデートされた点は、デスゲームとしてのSAOの攻略の鍵になることが多い。確認したところアルゴも知らない情報だったらしく、これからの攻略のためにもこのコードがなんなのか検証した方がいいと判断した俺たちは、その日の攻略後に宿屋でそれを解除してみることにした。
俺とアスナは最近防犯も兼ねて一つの部屋に眠ることにしてるのだが、昨夜はどこも満室でなかなかいい部屋が取れず、仕方なくツインルームを選択する。
 それぞれの寝支度を整えたら(といっても俺は部屋着に着替えたくらいだが)、信じられないほど階層の奥深くにあるチェックボックスを解除した。

「ふむう……?」
「何も起きないわね」

 特に変わった様子はなく、各種ステータスアイコンもついていない。アスナ曰く倫理コードというのは現実世界では金融用語として使用されることもあるらしく(本当に博識だ)、ヒントもないので試しにお金やアイテムを交換してみることにした。
 そして、ポーションを渡そうと指先が触れ合った瞬間。

「――っ!」

 アスナがさっと手を引き、ポーションが床に落ちてパリンと消滅する。
「ど、どうしたん……デスカ?」
 眉を顰めるアスナの感情が読み取れずカタコトの敬語で尋ねると、アスナは視線をふいとそらして言った。

「……なんか、変」
「へ、へん?」
「ビリってする」
「ビリ? 静電気的な……?」
「ううん、なんかもっと……」

 そこで口をつぐんだアスナは、何故か俺を睨み「とにかくなんか変なの!」と叫んだ。
 なんなんだいったい、と困惑気味に首を傾げていると、スッとアスナの白い指先が伸びてきて、俺の指先をつまむ。するとたしかに、ピリッとした妙な……しかし心地いい感覚があった。

「あ……」
「ね、変な感覚でしょ」
「たしかに。なんか指先だけ電気風呂に浸かったみたいな……ちょ、アスナ、もっかい手ぇ貸して」

 差し出されたアスナの手を借り、自分の手のひらと合わせたり、指を絡めてみたりする。
 いつもよりちょっとだけ感覚が過敏になっているような、くすぐったいようなそんな感じ。コード解除前はこんな感覚なかったはずだけどな……と思いながらきゅっとアスナの手を握ると、

「っ……!」
 アスナは首を逸らして小さく息を漏らした。
 それはなんだか俺を変な気分にさせる息遣いで、

「アスナさん、なんかそういう声出されるとちょっと……やりづらいんですけど……」
 目を逸らしながら正直に申し出ると、アスナは顔を真っ赤にした。

「なっ……! ち、ちょっとくすぐったかっただけだもん……! も、もう声出さないから、早く検証しなさいよ。手だけこういう状態とも限らないんだから」

 例によって負けず嫌いな彼女はふすん、と鼻息荒くそんなことを言い出したため、本当にいいのかなあと思いつつ、あくまで検証のためと言い聞かせて俺は続けた。

「わかった。じゃあ……この辺はどうだ?」
「……、っ、……! なん、か、手と同じように感じる、かな……」

 腕をちょんと触ると、アスナはやっぱりくすぐったいのか体を震わせたが、すぐに平静を装った。
 そんなあからさまにぷるぷるしている様子はかえって俺の悪戯心が刺激されるのだが、ぐっと堪える。

「じゃああとはこの辺りとか……」
「……っ」
「こことか……」
「……~~!」
「この辺なんかは……」
「ぁ……!」

なるべく触っても大丈夫そうな範囲に触れてるつもりなのだが、変な気分になりそうなアスナの声はいっそう高まっていて、俺は欲求を抑えきれず、大丈夫じゃなさそうな範囲(膝小僧あたり)をえいっとつつく。

「ひゃん! ちょ、なにす……んんっ」

すると予想通り大きな反応があったので、つい調子に乗ってなめらかな肌に指を滑らせた。アスナは声を出せない――というか出したくない様子で、身体を動かして刺激を逃そうとしているようだった。
 俺は前にアスナの膝をうっかり触ってしまったときのことを思い出していた。確か前は、ここまで大きな反応はしていなかったはずで……。

「……っ、わたしばっかり、いや……! キリトくんこそどうなのよ……っ!」
「え、うわあ!?」

 思案していると、反撃とばかりにアスナは俺をベッドに押し倒して、腹のあたりをくすぐり始めた。

「ちょ、アスナ、そこはだめだって……!」

 くつくつと笑いが込み上げてきて、俺は覆いかぶさるアスナを退けようと腕を動かす。しかし、思いっきり馬乗りされてなかなか力が入らない。それに、アスナに触られるとくすぐったいというより、背筋がざわざわする感覚に襲われる。
 息を荒げながら揉み合うこと数秒、隙をついてアスナをひっくりかえす。こういうときのためのSTR値最振りだ。仕返しとばかりにお腹や脇を揉み返す。はにゃ!とアスナが奇怪な声を出して逃げようとするので、さらに追撃。
 そうした攻防を繰り返し互いにじゃれあっているうちに、息が上がってきて俺たちは攻め手を止めた。いや、止めざるを得なかったのだ。これ以上続けてると取り返しがつかなくなりそうだった。触ることも触られることもなんだか気持ちよくて、頭がクラクラしてくる。

「……はっ、……なんか、へん、かも……」

 アスナに触れたやわらかい感触がいつまでも手に残っている。装備から覗くほっそりとした脚につい視線が行ってしまう。脳がすっかり茹っていて、普段は抑え込んでいる欲の押さえが利かない感じだ。すっかり乱れた栗色の髪の隙間から、とろんと蕩けたはしばみの瞳がじっとこちらを見つめていた。そっと、細心の注意を払って汗で張り付いた髪を掻き上げてやると、アスナはびくっと身じろいだ。

「……、……っ!」

 ぞわりと首を震わせて、か細く喘ぐアスナ。その表情はいままで見たことないほど蠱惑的で、かわいくて、中二男子が理性を保てるキャパはとっくに超えていた。
 そのとき、下半身のとある部分に熱が集まるのを感じた。俺はようやく「倫理コード」とやらが、いったいどんな機能なのかを悟る。これは、おそらくは……

「……っ……こんな機能、攻略の役に立つのかしら」

 俺が結論を出すのとほぼ同時に、アスナも息混じりにそう呟いた。どうやら彼女も倫理コードがなんなのか察しがついたらしい。

 たしかに、直接攻略の役に立つとはなかなか思えない機能だ(ついでにアルゴにもとても報告しづらい)。どうしてこんなものが正規版に。
しかし、疑問はいまは置いておきたい。意図せず高まってしまった熱をどうすればいいかわからなくて、俺は正直欲望の放出にすっかり参っていたのだ。

「……ねえ、これからどうする……?」

 正直いまこんな状態で、この辺でやめとこうと言えるほどの余裕と経験は俺にはなかった。
 ゆえに、導き出された答えは単純明快だった――が、それを素直に伝える術もなく、

「お、俺は…………続けたい、けど……………………検証を」

 極小のボリュームで、ひとこと付け足した。
 ずるいとわかっていても、俺はこの行為に何らかの意味付けをしないと気が済まなかった。

 アスナはちょっとむくれながら、ツンと横を向く。

「そうね。ちゃんとできるのか確かめないと、アルゴさんに報告できないですしね」
「……確かめたって言ったら、それこそ報告しづらくないか……?」
「……ばか」

 いつもは理不尽に聞こえるその言葉も、いまは不思議と素直に受け入れられた。

「アスナ…………」

 少しだけ体重をかけてアスナとの接触面積を増やすと、布越しに柔らかい感触が伝わった。

「……ぁ……きりと、くん……っ……」

 アスナはとろんとした表情で熱っぽく喘ぐ。その姿は、俺の最後の理性を瓦解させるのに十分すぎた。

 戦闘中たまに訪れる、思考が極限まで一点に集中する感覚を、そのとき俺はアスナに感じていた。
 彼女の全存在に意識が、体が奪われていく。

 堪えきれず、縋るようにその身体を抱きしめる。すると、天使の調べのような、優しい声が届いた。

 ――いいよ。

 桜色の唇が微かにそう紡ぎ、俺たちは何もかもを脱ぎ去って繋がった。

 

 


 ――――そんなわけで、朝である。
 やっぱり鳥はチュンチュン鳴いていて、俺たちは全裸で一つのベッドに横たわっていた。

 ……………………。

 アスナと交わってしまった。しかも、かなり事故的な形で。
 いや、あれはあくまで「検証」ではあったし、一応お互いに納得してのことではあったのだが。
暫定的な攻略パートナーの俺たちは、こんなふうになってしまったことを一体どう受け止めればいいのだろうか。

 ていうか、すごかったな……。

 昨晩の体験は、人生で味わったことがないほどの多幸感だった。見たことないほど乱れたアスナの姿は思い出すだけで官能的で、あんな姿の彼女を見てしまった背徳感から俺は頭を振る。
 結局ただ欲望のまま、お互いの体を慰みにしてしまっただけな気もするが、それでもやはり、俺たちには、利他的な理由が必要だった――今は、まだ。

「むにゃ…………」

 もぞり、と隣の頭が動く。一瞬身構えたが、幸いまだ起きる気配はなく、すよすよと安心しきった顔でアスナはまどろんだ。

 起きたらどんな顔するかなあ……。

 とりあえずアルゴへは匿名で情報提供しておくことにして、俺は上半身を起こし、アスナの手を自身のそれと触れ合わせてみた。
 その感触は昨日のとは少し違い、温かい。触れているだけで穏やかな優しい気持ちになる。

「アスナ…………」
 名前を呼び慕い、指を絡めた。

 繋がりを得て、誤魔化しきれなくなってしまった気持ちが、確かにある。

 叶うなら、暫定ではなくずっと一緒にいたい。
 そばで彼女を守っていたいし、時にはこうして触れ合いたい。柔らかな唇と自分のそれを重ねてみたいし、昨夜みたいに快感に溺れてすがる表情も見てみたい。抑えていた想いが、感情が、次々と膨らんでゆく。

 気持ちを伝えられる気は全くしないけれど。

 ――でも。たくさん怒られてもいいから、どうか今日も一緒にいられますように。

 そう願い、俺はアスナの手の甲にそっと口付けを落とした。

初出:2021年5月9日