和人の髪が濡れている。
頭を振ってその水気を飛ばす様子が小動物みたいで、明日奈はふっと微笑した。
明日奈の家までの帰途を直撃した豪雨のため、和人と明日奈は濡れながらなんとか屋根の下に避難して、仲良く雨宿りをしていた。二人の頬に、数粒雫が滴る。
――キリト君、かわいいなぁ……。
ふと近くの顔を眺めていると、そんなことを考えてしまう。アインクラッド時代から特に寝顔はずいぶん幼く見えた彼であったが、本人はそのことを気にしているらしいので言わない。言わないけどよく思う。かわいい顔してるなぁって。
ふと、明日奈の目線が和人の首筋に止まった。暑かったのかボタンを開け、ネクタイを緩めている。少しはだけた白いシャツから覗く鎖骨と濡れて透けた肌が醸し出す色気に、心臓がドクンと跳ねた。
ああ、キリト君ったら無防備なんだから……。
わたしの前だからいいけれど、他の女の子の前ではもう少し気を使ってほしい。キリト君のそんな姿、他の人には見られたくない。――でも、水をかぶったキリト君も、ちょっといいかも……。
そんな思考の渦にのまれていると、いきなり唇を奪われた。反射的に体を押し返して抵抗してしまう。だがそんな明日奈に構うことなく、和人は唇を触れ合わせるのを止めない。肩を掴んで引き寄せ、抱きしめられる。
な、なんだか今日は、いつにもまして強引なような……。
「んぅ……キリト君、どしたの?」
「な、なんでもない」
ふるふると首を横に振る和人。
なんでもないわけないでしょ! とつっこみたい衝動をなんとか抑える。間違いなく和人は何かを隠している。だがあまりにもわかりやすくごまかそうとするので、明日奈は追求の手を緩めてしまった。一瞬の間隙を突かれ、話題をかえられてしまう。
「あ、明日奈!それより時間は?平気なのか?」
「……うん。傘もってなかったって言う。たぶん言い訳しない!って怒られちゃうけど」
「う……ごめん、もうちょっと早い電車に乗ってれば……」
しゅんとする和人を見ていたらさっきのキスの意味もどうでもよくなってしまった。なんだか弟を慰めているような気分になる。
「キリト君のせいじゃないよー」
本当に和人のせいではないのだが、彼は申し訳なさそうにしゅんとした。そして数秒考えるそぶりを見せて、
「俺、そこのコンビニで傘買ってこようか?」
と提案した。
確かに、割と近くにコンビニはある。そして九割九分九厘ビニール傘も置いてある。だが、当然和人はこの豪雨の中を自分が走って買ってくることを提案していた。よって今以上に濡れそぼって帰ってくることは間違いなかった。
正直に打ち明けると、明日奈は和人が風邪をひいちゃうかもという以前に、全身びしょびしょになっていつも以上に異性を引き付けてしまわないか心配だった。ただでさえ女の子を吸い寄せるユニークスキルの持ち主なのだ。この上特殊ステータスまで加わったら、コンビニ全員の女性客とフラグを立ててきかねない。そんなことは許されなかった。
――キリト君はわたしのなんだから!
「だめ」
気が付けば笑顔でそう言い放っていた明日奈を、責められる人はいないだろう。
「な……なんで……」
「だめだから」
「こ、答えになってないよう……」
「キリト君が……」
「え?」
「キリト君が行くくらいなら、私が行くもん」
「えぇっ?」
本気で和人が行くよりはいいと思った。すごく慌てた顔で腰につかまり制止してくる彼を無言で振り払う。なぜそこまで必死になるのかわからなくて、一応話くらいは聞いてあげようと向きなおる。
結果、明日奈も自分の姿に赤面することになるのだった。
「今度から折り畳み傘常備しようね……」
「おう……」
雨上がりの空の下、二人は確かな決意を胸に歩き出した。
初出:2015年2月3日

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